【引退】村田修一に3人の子供あり!長男は障害でダウン症?素行(性格)が悪くて横浜批判?

こんにちは。KENです!

今回は村田修一選手を取り上げます。

2018年7月現在、村田選手は「栃木ゴールデンブレーブス」に在籍するプロ野球選手(内野手)として活躍しています。

かつては「横浜ベイスターズ」や「読売ジャイアンツ」に所属していた彼ですが、ここに来て現役引退が報じられ世間の注目を集めています。

このことについて2018年8月1日に配信された「スポーツ報知」は次のように報じています。

ルートイン独立リーグ・栃木ゴールデンブレーブス(BC栃木)からNPB復帰を目指してきた、
前巨人の村田修一内野手(37)が今季限りでの現役引退を決断したことが31日、分かった。

これまでNPB球団への移籍を模索したが、
移籍期限となる31日までにオファーは届かなかった。

村田は自身を獲得してくれた恩義から、
今季いっぱいはBC栃木でプレーする意向。

レギュラーシーズン最終戦は9月9日のBC群馬戦(小山)の予定。

1日には栃木県内で会見を行い、
自身の言葉でファンへの感謝を述べる。

◆村田 修一
1980年12月28日、
福岡県生まれ。

37歳。

(中略)

家族は絵美夫人と3男。

同紙が報じている通り、村田選手は2018年度を最後に現役を引退し、第2の人生をスタートさせるようです。

今回は現役引退を表明した村田修一選手について調べてみました!

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現役引退!横浜を批判した村田修一は素行(性格)が悪かった?

2018年度限りで球界を去る村田選手ですが、一部では「素行(性格)が悪い」と噂されていました。

その理由は、彼が横浜ベイスターズを批判していたからです。

このことについて「Yahoo!知恵袋」には次のような声が寄せられています。

最近の村田修一の態度
見てるとむかつきませんか?

必ず何かのコメントで
皮肉っぽく横浜を見下した発言しませんか?

いくら雇われてたとはいえ
世話になった球団に恩くらい示すべきではないか?

優勝したいから移籍した
って理由も理由として
成り立つのか微妙だし…

裏を返せば

自分の力じゃ横浜を優勝させられない

って言ってるようなもんじゃない?

(2012年2月2日投稿)

この内容だけを見ると、確かに村田選手は「横浜ベイスターズを見下している」と思われるかもしれません。

しかし、当時の横浜ベイスターズは彼以外の選手からも不平や不満が上がるほど腐敗していたのです。

横浜を出た選手だけでなく元監督・コーチまで横浜がいかに酷いところだったか言ってるから
村田だけ責められません><

高木豊
「キャンプを見に行ったら
帽子は取っているわスパイクを履いてないやつはいるわ」

尾花
「「当たり前」ができないから
細かいプレーがしたくても
おおざっぱなサインしか出せなかった」

工藤
「横浜の選手は練習しない」

門倉
「横浜だけはやめとけよ」

寺原
「一人ひとりの選手が自分に投資して、
鍛えることが少ないのでは、と感じた」

相川
「(ヤクルトの練習について)横浜はここの半分ぐらい」
「構えたところにボールが来ることに感動した」

鶴岡
「(巨人の練習について)一軍の選手がこんなに練習するもんだとは知らなかった」

佐伯
「(中日の練習は)キツイキツイと聞いていたがやってる練習は全然違う。」

石井琢
「横浜出た選手はみんな活躍してる」

仁志
「ここにいると、自分までダメになる」

橋本
「やっぱり(横浜への移籍は)間違いだった。」
「ありえないことが当たり前になっていた」

渡辺
「サッカーやるのはおかしいよ」

多村
「横浜時代は走り込んだことが無かった」

内川
「ここ(横浜)にいたら自分がダメになると思った」

村田
「(巨人では)練習中も野球の話が多い」

※同上より引用

これらの内容を踏まえれば、横浜批判は当然の結果と言えます。

一部では村田選手について「素行が悪い」や「性格が悪い」などと噂されていますが、これらは全くの見当違いということになります。

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村田修一に3人の子供あり!長男は障害(ダウン症)なのか?

私生活では奥さんと3人の子供(長男、次男、三男)に恵まれている村田選手ですが、一部では長男に「障害」や「ダウン症」疑惑が浮上しています。

■妻:絵美さん

■3人の子供

左⇒三男瑛梧:えいご)

中央⇒長男閏哉:じゅんや)

右⇒次男凰晟:こうせい)

しかし、これらは事実無根のデマであり、3人の子供は健康そのものです。

長男に件の疑惑が持ち上がった理由は、出生時のエピソードが大きく関係しています。

実は、長男の閏哉君は早産により”未熟児”として生まれ、集中治療室に入院していたのです。

横浜(現DeNA)時代の06年2月7日、
閏哉君が体重712グラムの超低出生体重児として誕生した。

6日後に腸に穴があき大量出血。

このセンターのNICUに救急搬送され手術後に入院した。

プロ4年目だった村田は、
試合後に病院へ駆けつけ

「パパも頑張るから」

と声を掛け続けた。

※「日刊スポーツ」より引用
(2015年12月16日配信)

さらに、閏哉君は「動脈管開存症」という病気も患っていたようです。

せっかくの機会なので、
当時は横浜ベイスターズに在籍していた村田選手とご長男の出生から退院後までをまとめた「がんばれ!!小さき生命たちよ」を読んでから行きました。

超低出生体重児で産まれただけでなく、
動脈管開存症に始まり
手術や輸血など本当に大変な経緯があったそうで、
退院までどれだけの心労があったことかと…。

※ブログ「beau temps」より引用
(2017年08月10日投稿)

生死の境を彷徨った経験から、閏哉には「障害」説や「ダウン症」説が浮上しているわけですが、現在では後遺症もなく元気に過ごしています。

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