【現在:口パク?】死去した西城秀樹と嫁の馴れ初めは姉!槙原美紀の年齢や実家!画像あり

こんにちは。KENです!

今回は西城秀樹さんを取り上げます。

本名:木本龍雄
(きもと たつお)

「ヤングマン」などのヒット曲で昭和の歌謡界を牽引した西城さんですが、ここに来て突然の訃報が報じられ世間の注目を集めています。

彼の死去について2018年5月17日に配信された「スポニチアネックス」は次のように報じています。

「傷だらけのローラ」「YOUNG MAN」などのヒットで知られる歌手の西城秀樹さんが16日午後11時53分、急性心不全のため横浜市内の病院で亡くなったことが17日に分かった。

63歳だった。
広島市出身。

2003年と11年に脳梗塞を発症、
右半身麻痺の後遺症が残っていた。

4月25日に入院し、
そのまま帰らぬ人となった。

(中略)

03年に韓国でのディナーショーの後、
脳梗塞を発症。

言葉をうまく発音できないなどの障害に見舞われながらリハビリで復帰し
「あきらめない 脳梗塞からの挑戦」を出版。

しばしばステージにも立ったが、
11年に再発。

右半身麻痺の後遺症が残っていた。

同紙が報じている通り、西城さんの死因は急性心不全でした。

今回は63歳で死去された昭和のスター歌手、西城秀樹さんについて調べてみました!

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死去した西城秀樹の嫁は槙原美紀!年齢や実家は?

往年のスター歌手として現在でも大きな人気を博している西城さんですが、私生活では2001年に結婚しています。

私生活では、
大阪在住で元・会社員だった女性と2001年6月30日に結婚。

2002年6月3日に長女が、
2003年9月1日に長男が誕生する。

※Wikipediaより引用

上記では奥さんの名前は記載されていませんが、結婚当時のメディアでは「槙原美紀」と報道されていました。

2月に、
大阪市に住む会社員・槙原美紀さん(28)と婚約した歌手の西城秀樹(46)が、
7日の大安に入籍していたことがわかった。

※「tv asahi 芸能&ニュース」より引用
(2001年5月8日配信)

2人の結婚式の画像がこちらです。

2001年当時、奥さんの年齢が28歳ということは、2018年現在は45歳前後だと思われます。

結婚当時、奥さんは会社員でしたが、建築関係の仕事に就いていたようです。

美紀さんは小さい頃はイギリスに住んでたので
西城さんの全盛期は全然知らないとのこと。

建築関係の仕事をしてたので
水道管については詳しい。

※「片腕だけのエンジニア 脳梗塞リハビリ日記」より引用
(2013年2月2日投稿)

ただ、奥さんは一般人であるため、実家や家柄などの素性までは公表されていませんでした。

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西城秀樹と嫁の馴れ初めは姉からの紹介だった

昭和を代表するスター歌手と結婚した美紀さんですが、彼女は一体どのようにして西城さんと出会ったのでしょうか?

そこで、2人の馴れ初めを調べたところ、意外な接点が明らかになったのです。

その接点というのが、西城さんのお姉さんでした。

なんと、姉の「絵里子」さんは美紀さんとご近所同士であり、それがきっかけとなり、彼女は弟の西城さんに美紀さんを紹介したのです。

馴れ初めは
秀樹さんのお姉さんが近所に住んでた美紀さんを秀樹さんに紹介したそう。

※「片腕だけのエンジニア 脳梗塞リハビリ日記」より引用
(2013年2月2日投稿)

お姉さんを通じて出会った2人ですが、絵里子さんの素性は公にされていないため、画像などは出回っていません。

現在(晩年)の西城秀樹は口パクだった?

2度の脳梗塞を患うもリハビリを通じてステージに立ち続けた西城さんですが、一部では「口パク」説が浮上していました。

今、FNS歌謡祭見ています。

西城秀樹さんが出ていますが
無理やり口パクでステージに立たせて何だか可哀想に感じます。

ファンの皆さんは嬉しいのですか?

※「Yahoo!知恵袋」より引用
(2016年12月7日投稿)

彼が口パクを余儀なくされてしまったのは、言うまでもなく脳梗塞による後遺症が原因です。

2016年の時点では既に声すら出せなくなっていた西城さんですが、前年の2015年ではパワフルな声量を披露していたのです。

このことについて2015年6月23日に配信された「スポニチアネックス」は次のように報じています。

西城秀樹(60)は今なお、熱かった。

2度の脳梗塞を乗り越え、
今年(2015年)4月、還暦に。

公に姿を見せる機会が増える中、
足を引きずる姿や、
ややおぼつかない会話は、

往年のエネルギッシュなヒデキを知る者に少なからぬ衝撃をもたらした。

一方、
歌声は往年の輝きそのまま。

そのギャップから「口パク」を疑う声も上がったが、
記者は聴いた。

奇跡のナマ歌を。

インタビュー終盤。

歌の調子を尋ねると、
その瞬間は突然やってきた。

「今は、
しゃべる方が大変なくらい。

たとえば

“それが”

と話すと一音ずつ口の形を変えなきゃいけないけど、見てて。

“♪それがぁ〜〜〜♪”

と、
歌のようにすれば声も張りやすいし。

多少口が回らなくてもイケる」

それまでの、
こもりがちなしゃべり声から一変し、
実に晴れやかな発声。

思わぬ“ナマ歌”に面食らった。

(中略)

あらためて

「口パクではないんですね?」

と聞いた。

すると

「さっきの声をもって、
判断してもらえばいいんじゃない?」

と白い歯を見せた。

ホッとした。

「ヒデキ」は「ヒデキ」のままだ。

2015年の時点では呂律こそ回らなかったものの、歌声に関しては全盛期のままでした。

しかし、それから1年後の2016年には、明らかに口パクと分かるほどに彼は歌うことができなくなっていたようです。

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